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ジョセフ・スボボダ(1920年-2002年) 1920年、チェコスロバキアに生まれる。 彼は、当初建築家としての訓練を受ける為、プラハにあるセントラルスクールに通っていた。 しかし、第二次世界大戦も終結に近づき、彼は建築から劇場や舞台デザインの方へ興味を持つようになる。 そして、セノグラファー(舞台美術家)としての勉強をチェコにて始める。 1948年、彼はチェコ国立劇場で働き始める。そして、それ以来、国立劇場の重要なデザイナーとして、30年以上もそこで働くことになる。 彼はマルチメディアインスタレーション「ラテルナ・マジカ(Laterna Magik)」と「ポリクラン(Polyekra)」の発明者としても知られている。これらのインスタレーションは、演出家のアルフレッド・ラドック(Alfred Radok)との共同作業により生まれ、1958年には国際的なものとして世界的に知られるようになる。 さらに、スボボダは、近代のテクノロジーや素材にも興味を持ち、自らの作品で、プラスティックや水力装置、レーザーなどを使い始める。 1967年、その中でも最も知られるものの一つ、「光の柱」を生み出した。 それはスモークを利用した三次元の光の柱であった。 今でこそ、当たり前のように使われる手法であるが、当時の舞台の世界においては画期的な発明であった。 彼は、自分の事をデザイナーではなく、セノグラファーであると強く語っている。 セノグラファー(Scenographer)とはシーン(場面)を視覚的に見せる人の事。 今では、ステージデザイナーもセノグラファーも同意語の様に語られているが、 スボボダは決して自分の事をステージデザイナーであるとは語らなかった。 それは、ステージデザインという画一的な物ではなく、彼が常に、演劇や舞台における「場面」を重要視して いた事を物語っている。 彼のアプローチは、より包括的で、構築的であり、決して、写実主義ではない。 彼の残した作品は700以上であると言われるが、それが彼のすべての作品ではないであろう。 現在、舞台美術のオリンピックとして知られる、プラハカドリエンナーレは彼の主導で起こされ、 今なお多くの舞台美術家の発表の場として知られている。 |
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